東京・西荻窪の治療院、てるこの部屋です。
焼けつくようなような不足感に苦しんで
当院に来られる方がいらっしゃいます。
私は足りない
全く足りていない
もっともっと欲しい
もっともっと手に入れば、
あれとこれとそれが手に入れば、
私はきっと満足するはずなんだ…
![](https://fukui-hypno.com/1fr-l16oe3wx/wp-content/uploads/2022/08/23185882_s.jpg)
わかります。
私もかつてはそうでした。
でも、それをやめる時が
来ているのではないですか?
例えば・・・
福井てるこという個人の自我目線で生きれば
いくらあっても足りないのです。
その欲望はまるで海水を飲むよう。
飲めば飲むほど激烈に喉が渇くんです。
![](https://fukui-hypno.com/1fr-l16oe3wx/wp-content/uploads/2020/06/108149bcc0b0a12349b3c6fff2569ad9.jpg)
私は昨年、素晴らしい施術を学びました。
完全にお任せするというシンプルでありながら
自我にとっては最高難度の手法です。
初めはもがきながら、
しかしだんだん、どんなことが起こるのか
推測しない推測出来ないことが
楽しくなってきて、少しずつコントロールが
手放せるようになってきました。
それに合わせるかのように
精神世界や心理学でもよく言われる、
必要なものはすべて与えられていると
いうことが実感出来るようになりました。
![](https://fukui-hypno.com/1fr-l16oe3wx/wp-content/uploads/2022/07/img03-1024x686.jpg)
この必要なものはすべて与えられているという
感覚は、感謝と比例しているように思います。
(よく、うまくいったら感謝出来るけどと
言う方がいらっしゃいますが、
それではうまくいきません。
まず感謝の周波数をビンビンに出すからこそ
感謝すべきことが出現するのです。
自分が原因であり、源なんです。)
さて・・・
苦しい「不足感」という病は
自我視点で生きる限り治ることはありません。
(足りているというフリは出来ますが…)
それは世界と分離した個の自分がいて
頑張って生きねばという在り方だからです。
自我目線ではなく、
宇宙?神様?にどうやって使って頂くか、
予測はつかないけれど、お任せするのが
とっても面白いな楽しいなという視点になると
苦しみが格段に減ってどんどんうまくいきます。
![](https://fukui-hypno.com/1fr-l16oe3wx/wp-content/uploads/2022/07/img01-1024x686.jpg)
やって来たものを掴み
目いっぱい楽しんで
お別れの時が来たら
すっと手放していく
そこに不足感はありません。
もう誰もがそんな在り方になれる時代ですね。