最小の私・最大の私

いつの頃からか、自分をあったかい目で見ることが出来るようになりました。それは自己批判のつぶやきに瞬時に気づくようになったから(気づき力を上げるコツはまた別の機会に書きますね~)。今の私のいちばんの仕事は自分にあったかい眼差しを向けることと言ってもいいくらいです。それくらい大切なこと、大切なひとときなんです。マインド(思考、エゴ)に言わせれば『何やってんだよ!ボーっとしてんな!もっとやることをキッチキチに詰め込んで生産的になれよ!』って話でしょうけど(笑)

ところで…「」とは皮膚を境界線とするこの肉体だと思えてしまいますよね。私に言わせれば、これは「最小の私」なんです。エネルギー的に見れば、ボディを包み込んだ幾層もの「オーラも私」なんです。まるでマトリョーシカみたいにね。そして「最大の私」は…物理的な宇宙空間をも超えた「すべて」です。

でも、ほとんどの人が肉体と思考(マインド、エゴ)を合わせたものを「私・自分」だと思っています。時々、思考と思考の合間に(あれ?)という何かを超越した瞬間はあるものの、やっぱり忙し過ぎるんですよね。人生や毎日に余裕がないから、本当の自分の大きさになんて気づかないまま時が過ぎていってしまうんです。

思考(マインド、エゴ)は不安や恐怖が動機ですから、絶えず追われるように、動き回るように仕向けてきます。もちろん、私だってそうです。自分自身にあったかい眼差しを向けて至福のひとときを味わっていても(もっともっとこれをやり続けたらもっとすごい至福を味わえるに違いない、もっと成長しなくちゃ、もっともっと…)と直線的な時間の小さな私の欠乏感や不足感のドラマに引っ張られてしまうこともあります。

そんな時私は(いっけね~!またエゴの罠に引っかかるとこだった。真実あるのは今この瞬間だけだった!)と思い出します。するとエゴは「バレたか!」と言って小さくなっていきます(笑)

ややこしく感じるのは、私たちが小さな私(肉体、マインド、エゴ)大きな私(本質、真我)を同時に生きているから。本質の私は片時も離れず肉体と一緒に在りますから、本当に安心してていいんです。でもね、ただ安心しているだけでは片手落ちなんです。肉体として存在しているからにはあれやこれやの努力やら計算やらも必要になってきます。昔、(思えば何でも実現するんですよね?合格した自分を思い浮かべています)と言って、まったく国家試験の勉強をせずもちろん不合格になった方がいましたが、この物質次元では然るべきこともやらないと…ということです(笑)

…で、寿命が来たら消滅するのは小さな私だけです。肉体は物質だからいつか壊れるのは仕方ないんです(だから大事に使おうねって話でもあります。それには美座療法がお勧めです~)。この地球で肉体を使って存在するには人間関係とか仕事とか健康とかお金とかお金とかお金とか(笑)…その他いろいろ厄介なことがありますが、それが小さな私の醍醐味でもあります。制限のある存在としてしか味わえない貴重な体験ってヤツです。

時にはにっちもさっちもいかない苦しい体験も起こるでしょう。小さな私として汲々と苦しむのも有りですが、時々は無限の存在としての大きな私を思い出してみませんか?時のない世界、時が止まった世界を味わってみませんか?簡単ですよ。自分が自分に、何の条件もつけずにただあったかい眼差しを向けるだけです。それが本質の、大きな私の「無条件の愛」に触れることなのかもしれないなって(小さな)私は思っています。

コーヒーカップを手にする女性

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この記事を書いた人

福井てるこ

20代はプロの舞台俳優として全国を回り、33歳から鍼灸の道に入る。