東京・杉並・西荻窪の施術室、てるこの部屋です。
昔買った本を読んでいます。家にはまだ読んでいないお宝本がたくさんあって、たぶん死ぬまでに読めないと思っています(笑) さて、この本「身体はトラウマを記録する」ですが、セラピストにとって読んでみて損はないと断言出来ます。当院には、過食症や拒食症、ご主人がずっと家にいる週末だけ疲れがどっと出て具合が悪くなる方など、様々な方がいらっしゃいます。それを意志の弱さや性格の問題だと思っていたら軽減・解消は難しいでしょう。実際にお悩みをお持ちの方も読んでいただければ何かヒントになるかもしれません(かなり分厚い本ですけどね)。

この本の中で私がハッとなった箇所があります。著者の恩師は医学校の一年次に精神医学の教科書を読まないようにと生徒に伝えたそうです。教科書を読むなってすごい指導ですよね。教科書の診断をあてにして、現実の認識が曇るのを恩師は望まなかったそうです。その代わりに患者さんをしっかり診て、体験し、病名ではなく一人の人間として接しなさいと教えたのです。
『人間の苦痛のほとんどは愛と喪失にかかわっており、治療にあたる者の仕事は、喜びも悲しみも全て引っくるめて、人生の現実を人々が「認め、経験し、その重みに耐える」のを助けることだ』とその恩師は教えてくれたそうです。
また「自分の経験のあらゆる面に関して自分に正直であれ」と強く促したそうです。「人は自分の知っていること知り、感じているものを感じないかぎり、決して良くなれない」とも。

自分の感じているものを感じる…なかなか高度なことだと思います。この忙しい人生(働きにいったり、子育てをしたり、介護をしたり、友達に会ったり、勉強したり、趣味をしたり、お風呂に入ったり、食事作ったり食べたり、寝たり…)の中で(微かに)感じていることを(しっかり丁寧に)感じることなんて不可能にも思えます。だから、自分の大切な欲求に頑丈な蓋をし、もっともらしい嘘を自分につき続けるのです。なんて悲しいことなんでしょう。
また…感じているものを本当に感じてしまったらとんでもないことになりそうな予感もするのです。私の場合はそうでした。胸の奥の微かな「つかえ」のようなものを見つけてしまい、それが何なのか発見した時に驚愕しました。私は「他者ではなく自分自身を助けることが最優先事項だった」と気づいてしまったんです。

その時、私はこんなこと(今の生活全部)をもうやれない、やってられないと思ったんです。施術という仕事も患者さんも居心地のいい住まいも、それまで大切だと思っていたすべてを手放すしかないことがわかったんです。ね、気づくって恐ろしいでしょう?
だから、私たちは自分を日々無駄に忙しくさせているのかもしれません。(うっすら、どこかでは)感じていることを(しっかり明確に)感じてしまうと…人生に大激震が走るからです。
それでも…私たちはどこかのタイミングで感じてしまうのです(あ~、神の恩寵か宇宙の神秘か!)。当院にいらっしゃる多くの方が実は「自分の中の本当の気持ちを感じる」ためにいらしているような気がしてなりません。本当はわかっているんです、このままやっていてもダメだということを、今のやり方・生き方ではこの貴重な人生を後悔してしまうということを。

だから、自分の心の奥底で蠢いている「それ」をなんとしてでも感じ、自分の人生の再構築をしたいんです。それをやらなきゃ死ねないです、人生のテーマですからね。そして…自分の行くべきところへ導いてくれるものは「それ」しかないのですから。
