昔あるところに貧しい男がいました。
その男の取柄は正直なことくらいでした。
やっとのことで仕事を見つけ、
ささやかな日々に感謝しながら
暮らしていました。
ところが、ある日突然重い病気になり…
もうすぐ死ぬと医者から宣告されました。
仕事も出来なくなり、友人さえも
その男から去っていきました。
男はすべてを失ってしまいました。
暗がりの中でただ泣き続けました。
その時男は言葉にすればこんなことを考えて
いたのかもしれません。
(どうして僕がこんな目に合わなくちゃ
ならないんだ。何か悪いことしたのかよ!)
もちろん、その怒りと悲しみと絶望は
誰にもどこにもぶつけることが出来ません。
男はただただ一人で泣き続けました。
その時です。
ひとすじの白い光が男の胸に入ってきました。
「生き続けなさい。」
確かに声が聞こえたのです。
一体誰の声なのでしょう?
温かな、しかしはっきりとした声でした。
「ありがとうございます。ありがとう。
ありがとうございます。ありがとう……」
男は歓喜の涙でその光に応えました。
もちろん、男の病気は治りませんでした。
仕事も出来るようになりませんでした。
しかし、その日を境に男が自分の身を
憐れんだり嘆いたりすることは一切ありませんでした。
男はその声を神様の声だと信じました。
毎日会話をし、言われた通りにしました。
男はとても幸せでした。
自分が神様に愛されているということを
疑うことは全くありませんでした。
それから男は病気と共に何年か生きて
ある日突然亡くなりました。
天国に着くと神様が待っていました。
男が毎日会話していたあの神様でした。
神様は男を抱きしめ、こう言いました。
「お前はよくやった。
生きているうちに自我を捨てたのだ。
捨てたからこそ私と直接的に繋がった。
ほとんどの人間が成しえないそれをした。
それがお前の望みだったからだ。」
「それが私の望みだったですって!」
男は驚き、そしてすべてを理解しました。
さらにさらに男は幸せを感じました。
辛かったあの人生のすべての出来事が
一つ残らず必要なことだったと悟ったからです。
おしまい