こんにちは、てるこの部屋です。
今日も在宅です。
人間って動かないとダメになりますね。
ついつい陰気な考えに傾きます。
散歩するとパァ~ッと気持ちが晴れます。
冬が長く外出する機会が少ない国民に
鬱症状が多いというのも頷けます。
なので皆さんも身体を動かしましょうね。
さて・・・
最近私の周りで大流行のサレンダー。
一世を風靡した引き寄せとは真逆の概念。
熊野の友人もサレンダー人生です。
彼にお勧めしたのがマイケル・シンガーの
「サレンダー」←オススメです
そうそう、脳や眼球にまで転移した末期癌
から生還した刀根健さんの本も
サレンダーの法則と銘打っています。
「僕は死なない」←オススメです
サレンダーは辞書で引くと降参とか
降伏するとかネガティブな意味合いです。
しかし、上記の本で言っているのは
「やることはすべてやったので
もうおまかせします。ゆだねます。
自分のコントロールは手放します。」
というような意味です。
宇宙の流れに委ねる・・・
そこには完全な信頼があるのです。
なんて素晴らしいことでしょう。
それが出来たならと本気で考えます。
まだまだですね、私は。
私はとにかく頑張る人間でした。
常に学び、努力をしている人間でした。
もちろんそれは必要だったし素晴らしい
ことですが、慢性的な不足感や欠落感から
やっていたことは否めません。
それが・・・
このコロナの一件で
サレンダーすることが出来るかもと
このチャンスを逃すものかと
千載一遇のチャンスにワクワクしています。
きっと私だけではなく誰でもが
波風が立たず平穏な日々において
手放しは簡単ではないでしょう。
サレンダーとは自分の意志で出来るもの
ではないからです。
手放すことも手放すという境地だからです。
もし自分の意志を使うとするならば
思いっきりジタバタしてみるのも
一つの方法だと思います。
疲れ果て、やがて手を離す時が
必ずやってくるきますから。
(本当の問題は、頑張れば上手くいく
という信じ込みかもしれません!)
思い出すのは、整形外科のリハビリ室に
勤務していた時の患者様です。
マッサージと鍼を担当していました。
毎日大勢の患者様をやらせていただきました。
その中で今でも忘れらないのは
天才的に力を抜くのが上手だった方です。
「ハイ、力を抜いてください」と言っても
ほとんどの方は力を完全に抜くことが
できません。
しかし、その方はどういうわけだか
瞬時にだらんと出来たのです。
その華奢なお体に似合わず完全に脱力した
腕の重さといったら信じらないほどです!
いつもいつも不思議に思っていました。
その完全脱力の秘密を解き明かすことは
出来ずに退職したのですが・・・
サレンダーも同じことだと思います。
そんなふうに一気に脱力出来る人は
まずいません。
中途半端な脱力加減の患者様には
逆説的ですが、
「思いっきり力を入れてください」と
お伝えしていました。
それから、力を抜いていただくのです。
これは有効な方法でした。
なので、極限まであれこれ逃げ回るのも
効果的だろうと思っています。
きちんと手放すためには、
自分がどれほど握り締めているかを
自覚しなければならないからです。
そうそう、いちばん身近なところに
サレンダーの達人がいました。
私の夫です。
夫は2012年に悪性脳腫瘍を告知され
手術・放射線・抗がん剤をしました。
整骨院を経営していましたが、
後遺症で半盲になり、認知も下がり
働けなくなってしまいました。
ある日、滅多に泣いたことのない夫が
真っ暗な部屋で一人で泣いていました。
私も近づくことの出来ないくらい
深い悲しみと痛々しさがありました。
すると突然彼がこう言い出したのです。
「ありがとう。ありがとうございます。
ありがとう。ありがとうございます。
ありがとう、ありがとう、ありがとう」
とうとう気でも違ったのかと思い、
尋ねると夫はこう言いました。
「君には、この光が見えないのかい?
生き続けなさいって言ってるんだ。」
白い光が胸に入ってきていると言うのです。
夫は歓喜の涙を流し続けました。
それから夫は、様々な見えない存在と
会話が出来るようになっていったのです。
仕事は出来なくなりましたが
まったく落ち込むことなく、私が働き
自分は家にいるという生活を楽しんでいます。
私だったら悔しくて悲しくて
死にたくなるかもと思うのですが、
(コントロールを手放し、
すべて手放すのは、私にとっては
死と同じような意味合いなのです)
胸が押し潰されそうなその日々を
スルッと通り抜けた諦め力はスゴイです。
たぶん・・・
あまりにも絶望が酷すぎたのかもしれない
それが功を奏したのかもしれないと思います。
サレンダーは作戦ではありません。
何かもっとよくなるために手放すことでは
ありません。
何も期待してしない態度なのです。
そして、来たものを受け入れることです。
期待しないぞと思い込もうとしても
そこにはまだうっすら執着があります。
ゼロ、何もない、何もなくなったという
その状態がサレンダーなのです。
どこにも向かわない、向かえない
方向性を持たない状態がサレンダーです。
予測のつかない瞬間瞬間の連続です。
ニュートラルであり、
今この瞬間しかない状態であり、また
すべての可能性に満ち溢れている場所です。
何も出来なくなった夫を私が羨ましいのは
彼が自分と世界を完全に信頼しているからです。
上手くいっても上手くいかなくても
「すべては御心のままに」
どこまでもそれを信じている
それ以外の考えなどない
それが夫のサレンダーなのです。
夫は物質的なモノはほとんど失ったけれど
目には見えない本当の宝を手に入れたのかもしれませんね!
まぁ、私を含めてほとんどの人は
今あるものをすべて手放すことは
難しいでしょう。それはある意味、
いったん死ぬことですから。
サレンダーの境地が絶対的安心の境地で
あるとどれだけ聞かされても・・・
なかなか手放せませんね~。
追記
(私はサレンダー出来ないと思っている)
という思考と感情が湧き起こっている
これが今現在起きている事実ですね~。
( ↑ いきなり非二元になる私(笑)